38年続く医師たちの友情:学生時代からキャリア、そして人生の節目まで
Srihari “Hari” Naidu, MDとPhani Dantuluri, MDは、15歳の時に高校生向けのサマーリサーチプログラムで出会い、数年後にはブラウン大学の合同学部・医学部プログラムで再会し、友情を深めていきました。彼らは毎週日曜日に夕食を共にする伝統を始め、大学3年生の頃にはRaju Ramakrishnanを含む「The Brown Men at Brown」と呼ばれる親しい友人のグループを形成しました。
大学・医学部での試練
大学卒業間近には髄膜炎が流行し、ダンツルリ自身も髄膜炎菌血症にかかり入院。ナイドゥや他の友人は予防薬を服用し、その副作用で汗がオレンジ色になるという経験をしました。医学部時代にはErik Sirulnick, MDとAndy Fujimoto, MDもグループに加わり、過酷な医学部のストレスを友情で乗り越えました。特に、ナイドゥとフジモトは危険な状況で互いを守り合ったエピソードがあります。
しかし、医学部2年生の時に親友のラマクリシュナンが23歳で急死するという悲劇に見舞われます。この出来事は彼らの人生観を大きく変え、死を身近に感じることで医療の現実と患者やその家族への共感の重要性を深く学びました。ナイドゥは現在、若年層の突然死の主な原因である肥大型心筋症のプログラムを運営しており、この経験が影響している可能性を示唆しています。
キャリアと人生の節目、そして友情の継続
研修医時代も友情は続き、ナイドゥが離婚して幼い息子を育てる際には、友人たちが精神的な支えとなりました。COVID-19パンデミックの際も、医療システムが限界に達する中で互いに支え合い、ナイドゥの両親の死といった個人的な悲しみも分かち合いました。
ナイドゥが米国心臓血管造影・インターベンション学会(SCAI)の会長に就任した際には、友人たちが全国から駆けつけ、そのプロフェッショナルな功績を共に祝いました。これは、彼らの友情が個人的な出来事だけでなく、キャリアのマイルストーンにおいても深く結びついていることを示しています。ナイドゥの歌への情熱も、友人たちとの絆を深める一因となっています。
現在も彼らはラスベガスやワシントンD.C.へのグループ旅行を計画するなど、交流を続けています。ダンツルリは、医学を目指すナイドゥの16歳の息子を迎え入れ、外科手術の見学やバスケットボールを通して次世代とのつながりも育んでいます。彼らの友情は、38年もの間、人生の喜びと悲しみ、そしてプロフェッショナルな成長を共に経験し、決して途切れることのない絆として続いています。